B型慢性肝炎との戦い3 〜闇の初期通院生活〜

慢性B型肝炎

た、タイトルが暗い 笑

前回の続きです
B型慢性肝炎との戦い2 〜心の闇〜

経験談を淡々と書くので長くなります。

実家から埼玉に戻ってきた私は、
紹介状を手に埼玉医科大学に行きました。
当時住んでいたのは埼玉県越谷市
医科大学は入間市にあります。
車を持っていなかったので、
何個もの電車を乗り継ぎ、2時間かけて病院へ向かったのを覚えています。

自覚症状は相変わらず無いので
専門医からみたら、実は健康だったりして
とか淡い期待を抱いていました。

医科大にて、3時間以上待たされた後に
診察室に案内されました。
その時の先生が、今だに私の主治医であり、
毎回の通院でお世話になっています。

先生から
「うん。慢性B型肝炎ですね」
と言われました。

分かったもう分かった。笑

さすがに受け入れました。
3回目ですからね。

当時の症状的に、
まずは精密検査入院して、肝生検
そして、インターフェロンでの治療という
方向性になりました。

その時点では何のこっちゃか分かってませんけど、
親に承諾取ったり、先生と親で話してもらったり、
入院の手続きしたり、色々してました。
19歳のガキがよく頑張ってましたわ。

検査入院は1週間程度でした。
飯がとにかく不味かったのを覚えてます。
それしか覚えてない。
肝生検は麻酔するので痛くはないのですが、
臓器に直接刺さる針の感覚は今でも忘れません。

辛かったのは入院後の1ヶ月のインターフェロン治療でした。

仕事復帰しなければいけなかった関係もあり、
家の近くの病院で毎朝インターフェロンを点滴する生活でした。
インターフェロンは副作用で熱が出ます。
熱が出ると分かりきっているので、
投与後自分で座薬を仕込み、無理矢理熱を下げます。
風邪と同じ症状なので、熱は抑えられても体の節々が痛くなる時があります。
仕事中いきなりギックリ腰のような症状が出て脂汗出しながら悶えた時もありました。

1週間に1回は医科大へ行き、検査を受けます。
電車で2時間かけて。3時間待って。
そして「数値が正常になるまで続けましょう」
の一言で終了します。

仕事も2年目ぺーぺーで1ヶ月休養して迷惑かけた上に、
19歳のガキですから受け答えも子供で、
若手の中でもあまり好かれていたとは思えません。
加えて当時ブラック企業の我が社では、夜は終電当たり前。
今思えば、そんな人手でも必要だからこそクビにはならなかったのでしょう。笑
朝はもちろん点滴打って、座薬ぶっこむ毎日です。

結果1ヶ月程で数値は正常に戻りました。

人が送っている当たり前の日常が羨ましかったです。
なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだろうって毎日悩んでいました。
ただ深く突っ込まず、この通院生活を許してくれたブラック企業には今でも感謝しています。

この生活に耐えたので、多分この先うつ病になる事はないです。笑

ただ人の優しさにはあまり恵まれてなかったためか、
どんどん人と関わるのが嫌になっていました。
一緒に上京してきた高校時代の友達とも距離を置き始めます。
自分と同じ境遇なんかいるはずありませんからね。
仕事で苦労した話聞かされてもピンと来なかったんですよね。
病気の事も話せませんでした。

当時知らなかった言葉ですけど、
「心の闇」は自然と深まっていったのでしょうね。
ちなみに「ブラック企業」とか「うつ病」なんて言葉も知らなかったです。笑

ただの経験談でした。

お疲れ様でした。

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