雇われ課長的「カリスマ」を作る方法と、これからの社会で必要な力

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ども。雇われ課長です。

最近ある先輩社員を「カリスマ」性があると言っている後輩がいたので色々考えてみました。

これは私が今までの経験を通じて思った、「カリスマ」に対する雇われ課長なりの意見です。

 

仕事ってそんなに大きく失敗する事はありません。無難に70点〜80点の仕事をキープして長い期間働いていればそれなりに評価されます。

逆を言えば「マイナス採点」です。全員一律100点与えられたものが、失敗(人間性の部分含む)する事で1点ずつマイナスされていくという感覚です。

会社に損害を与えるレベルの失敗だと、一気に40ー50点マイナスされます。

それを長い期間、大きなマイナスなく(人間性の部分含む)無難に過ごせた人間は「出来る人」としての地位を手に入れます。

古き悪しき日本の会社って感じですが、現状の現実です。今後は変わっていくでしょうね。

 

しかしそれだけでは「カリスマ」にはなれません。

カリスマの定義は、グーグル先生によると

超人間的・非日常的な、資質・能力。英雄・預言者・教祖などに見られる、民衆をひきつけ心酔させる力。

です。

という事は、カリスマは超人間的・非日常的な、資質・能力を持った「圧倒的に仕事が出来る存在」であると言えます。

 

「カリスマ」が出来るには、その活躍の姿をずっと見てきた後輩の存在が大きく関係します。

その後輩も若い時代から「カリスマ」の仕事ぶりを見て、仕事が出来るようになりました。

後輩も「カリスマ」の仕事を真似しつつ、自分のスタイルを見つけ「マイナス採点」を避けてこれました。

後輩はさらにその下の後輩に 「仕事を教わるならあの人」という存在を作り出します。

その連鎖はスケールが大きくなり次第に神輿を担がれるようになります。

その連鎖が何年も続くと「仕事を教わるならあの人」から 「仕事が出来る人」になり、

昇格等で立場も変わるので、直接仕事を教わる人では無くなります。「仕事がめっちゃ出来る人らしい」になり、

最後は「あの人はカリスマだ」と変化していくのだと思います。

 

若い世代は人への判断能力がありません。結果的に身近な先輩から受ける情報を鵜呑みにします。

仕事に直接関わった時、目立った「マイナス採点」がなければ、

「あの人は出来る人」と判断した自分が間違っていなかったと納得します。

特定の人を認める事が自分の自信に繋がるのですこれは仕事に限った事ではありません。

むしろ若い世代は自分に自信を持つためにも、そのような存在が欲しかったりします。

大きい壁、尊敬出来る存在が欲しいのだと思います。

賢い人間は新卒だろうが中途だろうが、その存在をうまく嗅ぎ分けます。

そして手っ取り早く取り入り、その人から仕事を吸収しようとします。

さらに賢い人間は「あの人はカリスマ」だと、周囲に広めだします。

若い社員は身近な賢い先輩(仕事が出来る先輩)が尊敬しているなら、相当スゲー人なんだと錯覚します。

なので、あなたの周りに存在する「カリスマ」がいたとしても、

先輩社員を上手く取り入る賢い社員が、他の社員(民衆)を巻き込み作り上げている偶像崇拝にすぎません。

この時点で「カリスマ」は「圧倒的に仕事が出来る社員」ではありませんでした。

もう一度申し上げますと、これは仕事に限った事ではありません。

 

カリスマの定義は、グーグル先生によると

超人間的・非日常的な、資質・能力。英雄・預言者・教祖などに見られる、民衆をひきつけ心酔させる力。

です。

民衆(社員)を惹きつけ心酔させる力という意味では納得できます。

しかし超人間的・非日常的な、資質・能力かと言われるとそんな人間いません。

ではどうしたら「カリスマ」になれるのか?

おそらく必要な要素としては「あの人は何か持っている」と思われるレベルの「個性」であり、存在に纏う「華」だと私は思います。

仮に超人間的・非日常的な、資質・能力を持っていても「カリスマ」にはなれないといえます。

 

という事で、私にとって「カリスマ」とは

大きな失敗をせず賢い後輩(民衆)に尊敬され、かつその行動にひきつけ心酔させるような、存在に「華」を纏った人間

という事になりました。

ちょっと薄っぺらくなりました。笑

 

私はこのような扱いをされることに憧れはありません。お世辞にも言われたら気分は良いですけどね。

学校内である程度優秀で、なんとなく任せやすい人間が学級委員長や生徒会候補にされている程度だと思っています。

社会が学校と違うのは、長い年月と担ぎ上げた人間がもたらす影響力です。

そのスケールの大きさが「カリスマ」を生むのかもしれません。

存在を否定するわけではありません。社員のモチベーションの維持に役立つ存在だからです。

「カリスマ」を作り上げる事で組織全体のパワーが強化されるのであれば、必要な存在かもしれませんね。

 

人を判断するのは他人でなく自分です。人を冷静に見る目を鍛える事は、日常で触れる全ての物、

いわゆるネットやメディア、社会全体に溢れる情報を鵜呑みにせず自分なりの判断能力を鍛える事でもあります。

嘘を見抜いて本質にたどり着くのは、これからの時代で非常に必要な力だと思います。

 

お疲れ様でした。

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